不思議の国で飲み会を

明日になったら忘れている話。

飲み会 と "○○のクチになってる"

 大河ドラマ麒麟がくる」を見た。週末の夜に明日の仕事へと意識を向ける。それと同時に去り行く休日に思いを馳せていると、風前の灯火である日曜日にやり残したことを思い出す。本日限りのスーパーの割引券が未使用であった。春キャベツとアイス補充のため、腰を上げた。

 そそくさと身支度を済ませ、歩いて10分弱のスーパーへ向かう。日曜日の夜21時前後ということもあり店内は空いていた。必要なものを選び終えたそんな中、とある一角だけ人だかりができているのに気がつく。お惣菜コーナーである。例のシールが貼られている。夕食はまだであったため、自然と人だかりの一員になっていた。

 ぐるりと一周する。気分はまるで宝探しである。だが、時間も時間なので棚には空きが目立つ。トンカツ、焼き鳥、てんぷらなどが鴨川のカップルのように並んでいる。数は多くない。

 ぼやぼやしてると他のお客さんが買ってしまう。しかしながら、なかなか手が伸びない。決め手に欠けているのである。もっと心にズドンと来るお惣菜が食べたい。いわゆる「○○のクチになってる」というやつである。自分のクチはまだ何者でもなかった。自分に問いかける。「おまえは誰だ?」

 等間隔お惣菜の中、綺麗に整列しているお惣菜に視線が飛んだ。”揚げ出し豆腐”であった。有り体に言ってしまえば売れ残っているのである。そんな揚げ出し豆腐を一瞥し、特に感想も抱かず己のクチのアイデンティティを探す旅を再開する。心に刺さるお惣菜はどこだ。

 しかし、どうも気になる。揚げ出し豆腐が気になる。正直、豆腐は好きではない。嫌いでもないが、自分から進んで食べることは今までなかった。そんな自分の心の中で揚げ出し豆腐がチラつくのである。居ても立ってもいられず、一度はスルーしたあの美しい並びの前へと戻る。

 もう分かっていた。なんであの時気がつかなかったのだろう。頼む間にあってくれ。はたから見ると淡々と買い物をしている人なのだが、味覚が叫んでいた。

 「揚げ出し豆腐のクチになってる」

 人生で揚げ出し豆腐が食べたくてどうしようもない瞬間を初めて迎えた。肉料理よりも豆腐。味覚って変わるのか。決して長くはない今までの人生の積み重ねを振り返りつつ、さっきまでと変わらずみんな仲良く行儀よく並んでいる揚げ出し豆腐の一つをカゴに入れレジへと歩を進めた。

 

まとめ

揚げ出しが いいねとクチが 言ったから 三月八日は 豆腐記念日